トニーとは漓江下りツアーの船の中で出会った。
Where are you from?
列が違う席から後ろを向いて、初老くらいの男が話しかけてきた。日本と答えた。こちらも聞き返すとスペインという。
今度スペインに行く予定なのでおすすめを教えてくれなど思いついた雑談をしているうちに、どうやら同じ宿に泊まっていたことが判明する。同じパンフレットを持っていたからね、とトニーは言う。加えてこのツアーでの外国人は少なかった。そんなこともあって話しかけてくれたようだった。
船の中は3人がけの椅子なのだが、運がいいことにその椅子は僕しか予約してないようで広々と使えた。すると、トニーが隣の席に移ってきた。確かにトニーの席は8人くらいのBOX席で8人全てが埋まっていた。
漓江下りツアーでは、名所ごとに船の上に写真を撮るに行くのが基本的な動きだ。スポットになるとトニーと一緒に外に出た。
トニーは景色と自分のツーショットを撮るのが大好きなようだった。
撮ってくれ。
次はこっちから。
次は×0.5で。
山が映るように。
と今まで撮るのを手伝った中で最も気を遣って写真を撮った。
ごめんね、好きなんだ写真。
と言った。確かにさっき席で隣に座っていた時、カメラロールの中の写真を吟味し、良い写真を取捨選択していた。
ちゃんとこっちの分も撮ってくれた。
ちなみにトニーはけっこうスマホをいじる。隣に移動しきてきたが、それですごい会話が弾んだかというとそうではない。こっちの英語力の問題も多いが、深い話をしたとかはない。ランチついてるんだっけ、とかそういえば大学時代にスペイン語ちょっとやってて自己紹介だけできるよ、とかそんな程度である。そして会話はそんな続かない。そしてお互い基本的にはスマホをいじったりしている。
これまでの旅の学びとして、多弁が金ではないということは理解していた。そして向こうはスマホをたくさん見てくれるのをありがたいと思った。そんなに気兼ねしなくて済むからだ。言葉は少ないが心地よい時間が続いた。
船は到着地に着いた。陽朔という、桂林の中心地から離れた少し落ち着いた街だ。落ち着いた街が好きなので、ぶらぶら街歩きをしてから帰ろうかなと思っていた。
このツアー、バスで駅から川の上流に移動し、川の下流まで舟で下る。注意すべきことは、ツアーで面倒を見てくれるのはここまでなので、下流から駅までは自力でバスで戻る必要があるのだ。
トニーとは下船後、バスを一緒に探そうということになった。街歩きしないのか?と思いつつ、英語力の低さと無意味な慎み深さからそれを聞けず、とりあえず「OK、探そうぜ」と言ってしまった。まあでも思っていたより観光客が多く賑やかな街だったので別にいいかとまたもや自分を無理やり納得させた。こういうスキルが高まっている。
トニーは異常な歩速で進んでいく。よほど早く帰りたいのだろう。足腰と体幹に自信がある俺でなきゃ置いてかれちゃうね、と思いながらついていく。
トニーのすごいところは、1秒で人に聞くところだ。聞こうと思い立った瞬間、半径3m以内の人物はターゲットになり、「バスステーション??」と話しかける。この瞬発力は異常であり、その後トニーのその能力についてじっくり考えるに至った。が、詳しい話はまた今度。もう少し熟成させてから整理しようと思う。
100mで5人くらいに聞いたと思う。最初に聞いたイギリス人青年がイケメンでイギリスを旅の予定に加えようかと思っている。聞いた後そのイケメンにGood luck, guysと言われてので、今の自分のラックはおそらくMAXだ。
ただ、聞けども聞けどもバス停は現れない。そもそも中国では英語がほとんど通じないので、会話が成立しないことが多い。
ツアーセンターですら英語が通じなかったんだ。アンビリーバボーだよ。中国は外国人にオープンじゃない。
とトニーはオープンじゃないことにプンプンしていた。
疲れてので小休止。いかにも令和なカフェで40の男と30の男が甘いドリンクを飲んでいる光景は異様だったろう。
その後もヒアリングを続ける。もはや聞き込みである。高木刑事気分だ。
この聞き込みはほぼトニーがやってくれている。このやりとりを見てて一番最初に思ったのは、
「google翻訳とか、地図アプリとか使わないの?」
ということだ。すぐ聞くこと以外に、トニーからはこのことに大きな驚きを感じた。
なぜ使わないのかは聞いていない。使わないのか使えないのか分からない。これを「テクノロジーを活用しないのは単なる時代遅れで不効率だ」と言ってしまうのは簡単だが、そんな単純な理解をしたくないというのが、この旅でのスタンスである。そして実際、そのトニーの方針には、アプリで解決さらっと解決してしまう方針にはないフィジカルな良さがあるように直感した。
英語が通じねえんだよなまじで、とぐちぐちいいつつも、トニーは聞き込みを続ける。
聞くだけでなく、トニーは脳と体が直列繋ぎなので電光石火の如くに動く。露店でバナナが売ってるのをみると1秒でもぎ取って購入した。一個くれた。
そしてバスが見つかった。その場所は予めマップで確認していた場所と全く違う場所だった。しかしその場所に行くよりずっと早い時間でたどり着いたのだ。これは衝撃だった。アプリに従うより、聞いた方が早い。たった一回の出来事だが、この経験は自分の中で大きい。
トニーと肩を撫で下ろした。あとは寝てたら自動で着く。と思ったら途中で乗り換えが必要だった。このまま行けるって言ってたのに。
アンバーリーバボー。ワッタコンプレックス。
とトニーは豊かな表情で呆れ顔をしていた。
午後17時、無事宿に帰還した。
いったんここで小休止する。が、トニーとの一日はまだ終わらない。