入国初日はハードな一日になる設定なのだろうか。インドの洗礼、その一端に触れただけで帰りたくなった。今ベッドの中で泣きそうになっている。
まず無事にニューデリーの空港に到着できた。トランジットも成功。ここはもうマスターだ。
その後、ホテルへの移動も成功。当初はウーバーの予定だったが、直前にホテルからチャットが来て、うちでも送迎サービスやってるよと言われた。ウーバーの3倍くらいの値段だったが安心感には変えられないと考え、お願いすることにした。今にして思えば、インドの商売上手はここの時点で見え隠れしていたのだ。
宿までの道はすごかった。コミケくらい混んでいる。道があるが道がない、とドライバーは言った。ちょっとでもまえにスペースがあれば、車間距離5センチくらいをすり抜けて行く。クランクでポールに車体をぶつけて仮免を落ちた俺としては絶対に運転できない。「chaos…」と思わず口から出た。
車は夜市場みたいな場所に出た。ここがまたカオスだった。「もの」があれほど集結した空間は初めてだった。人も車も店も品物も荷車も犬も煙も光も匂いも、無秩序にあった。
中国との時差は3時間ほどあり、少し時差ぼけ的な兆候を感じていた。加えて、今日一日はひたすら移動だったため疲れている。そこにこのカオスな情報量はなかなか脳に来る。
宿はそんな夜市場の通りの、さらに細い路地を左に入って、さらにさらに細い道を右に入るとあった。途中綺麗なホテルがあり、「ここであってくれ…!」と思うも違い、たどり着いたホテルは汚かった。
ただオーナーはとても気さくだった。というか、中国から来るとインドの人の良さ、表情の豊かさがよく分かる。いい国だ、とその時は思った。
宿はまたゲストハウス。先客、キールタンがいた。インド出身。とってもフレンドリーで旅好き、世話好き。会って2秒後には宿の人に呼び止められるまで20分ほど会話が続いた。「色々見たいならいつか貧しい国も行ってみるといいよ」「ゲストハウスはやっぱりいいよ、人と会える」とキールタンは言った。その通りだと思った。
宿の人に呼ばれる。何かなと思うと、明日以降のプランの相談に乗ってやるというのだ。確かにチェックインの時に、明日以降の予定が決まっていないと伝えていた。
気が利くなぁ〜感謝感謝と思っていたが、ここから「インド」が始まったのだった。
それは相談ではない。商談だった。
5日分くらいのツアーが一瞬で構築された。最初は「こんな場所あるんですね明日行ってみます〜」程度の会話の予定が、「チケット送迎込みだ。安心は大事だろう。お得だぜ」みたいな感じで取引の場になっていたのだ。タージマハルがあるアグラや、ピンクシティと呼ばれるジャイプールなどの定番どころを回るプランで、値段は10万円ほど。
「いや高くね?」が第一印象だった。
しかし、時間は22時。そもそも移動で疲れているので、判断力が極めて落ちている状態だ。加えてインド人の圧。「日本人なんか一人で道を歩いていたらお陀仏だぜ?」みたいな脅しもかけてくる。慣れない英会話による脳のダメージもある。
「まぁでも安全を金で買うのはあるよな…」
と、あと一歩で買いそうになっていた。しかしここで28年のケチ精神、そして歯医者探しで培ったセカンドオピニオン聞かねば精神が最後の最後に働いた。
「部屋にいる友達に聞いてきてから決めてもいいですか?」
あれを言えた自分を褒めたい。商談中は「もう多分買うとは思うんですけど〜」と言っちゃうくらいには落ちていた状態からあの一言が言えたのは、なにかもうそういう本能が頭の奥底にこびりついているとしか思えない。
部屋に戻りキールタンや、後から来たほかの客から1時間ほど話を聞いた。キールタンはリーズナブルで、「行こうと思えばそのプランは2万円くらいで全然いける。ただ安全を金で買えるのはその通りだ。あとは君次第だ。」と言った。
色んな話を聞いて、やはり買わないことに決めた。自分で決める、そういう旅だったはずだ。値段もそうだが、そこも大きい。やはり一旦落ち着いて、人の話を聞いてから意思決定するのが大事だと久しぶりに身をもって実感した。
ただインドの人はとにかく人好き、世話好きなようで、部屋での会話も1時間くらい発生した。時間は0時を回る。そしてその中で、「インドの旅はこうしないとぼられる」、「あの宿は最高に汚かった」、「こことこことこことこことここに行け」と、ここでも慣れない英語で怒涛のような情報量を叩きこまれ、割と極限まで疲弊した。
今は翌朝のベッドなので多少気持ちは回復しているが、夜は「もうインドやだ、帰りたい」、「早くイスタンブール行きたい」、「なんで1週間もインドいることにしちゃったんだよアホ、便変えようかな」と本気で思っていた。中国初日と一緒である。まるで成長していない。
今日はインドに慣れる日としたい。まずはルピー入手だ。精神力のHPを考えて、むやみやたらには人と話さないようにする、16時には宿に戻ることにする。