1回やってみたかったことがある。1つの絵の鑑賞文を書くことだ。美術館の、絵の名前の、下に書いてあるようなやつを書いてみたい。
ルネ・マグリット『figure brooding on madness』
『狂気について考察する人物』という名前で、ネットで見たことがあった。これほど名前が絵に適合している作品も珍しいというくらい、この人物は狂気じみている。この適合性が印象に残っていたのだが、ブリュッセルのマグリット美術館にて実物を見られた。
この狂気さはどこから来るのか。そんな疑問が1番に湧く。
目だろうか。その視線を延長していくと、ぎりぎり額縁の外に出てしまい、何かあったとしても何を見ているのか分からない。あるいは何もないのかもしれない。意味ありげに何も置かれていない机は、これもまた意味ありげに白色であり、ものの存在を一切暗示しない。
目に限らず、やはり顔のパーツが狂気の鍵であることは間違いない。次に目が行くのは口だ。少し口が空いている。わずかに口角が上がっており口だけ見れば笑っているようにも見えるが、目が笑っていないというミスマッチ。
視線を顔以外に映そう。猫背、慇懃さを感じる上等なスーツ。指の形。背景の暗い青緑色。
右手に持つのは鉛筆かと思っていたが、実物をよく見るとタバコのようなものだった。とすると、「気持ちよくなれるはずのタバコさえも吸わずに思考に没頭している」という解釈もあるだろう。
この人物は静止している。思考のために、心ここに在らずな状態になっている。10分前も、10分後もこの姿勢のままであることを思わせる。この部屋はこの人物のみ。静寂に包まれているだろう。
狂気とは何についての狂気なのか。そんな疑問も湧くが、もはや画中にヒントはなく、答えは闇の中だ。ただ少なくとも良いことではなさそうである。
思考は良くも悪くも、考えているだけでは意味がない。彼の狂気に関する考察が、実行に移らないことを祈るばかりだ。