ホテルまでの道すがら、ショーウィンドウの中から「こっちを見て」というテレパシーのようなものが私の耳に届いた。
「そっちを見るよ」とそっちを見ると、そこはいかにも怪しげな「KARMA」という名前の店が立っていた。カルマ、業。この声に導かれたのは俺の過去からの因縁だったのかもしれない。
声の主はそこにいた。タロットカードがおられた。
以前タロットカードにハマり、勉強もしてタロットカード士の資格を取った私である。タロットカードの呼び声を聞くなど造作もない。
Google mapを見ると「KARMA」は「宗教書店」という聞いたことないジャンルにカテゴライズされていた。
中に入ると早速レリジャスなお香から雅なかおりが漂ってくる。タロットカードのみならず、パワーのありそうなストーン、ご利益に満ちてそうな小さい置物、種々のスピリチュアルな本などが並んでいた。
別にスピリチュアルが好きなわけではない。タロットカードが好きなだけである(ちなみにタロットカードにスピリチュアル要素は極めて少ない)。他のものには目もくれず、タロットカードのショーケースゾーンに向かった。
見なれたタロットカード。実家のような安心感を覚える。
が、突如として実家で雷のような衝撃が走る。
ずっと欲しかったタロットカードがあったのだ!
(簡単に補足しよう。タロットカードは王道イラスト以外にも様々な亜種デッキが存在している。その神秘性、デザイン性の高さから、コレクターアイテムとしても優秀なのだ!)
まさかバルセロナで欲しかったタロットカードに出会えるとは思わなかった。これはもう業(カルマ)としか思えない。
値段を見ると40ユーロ弱。6400円くらい。安くはない。というか普通に考えて高い。
時間は14時。今日は夜行バスで7時にバルセロナに着いてからずっと街歩きをして脳も肉体も疲弊している。
こういう状態での意思決定は後悔のリスクが高いため避けるべきというのは経験上よく知っている。はやる気持ちを抑え、一旦宿に行って休息をとってから考え直すことにした。
宿でシャワーを浴び、ベッドでしっかり1時間休息した。
購入を決意した。
脳も肉体も全快な状態での意思決定だ。後悔などあろうはずがない。
時計を見ると19時。お店は20時までなので閉店の時間が迫っている。
ちなみに売り切れの心配は全くしていない。あのタロットカードを欲しがっている人間なんて、バルセロナ、いやスペインにおいておそらく俺1人だと推測できるくらいには冷静な客観視はできている。
KARMAは絶妙な距離にあるため、歩きだと間に合わない。まだ使っていなかったバルセロナの市内バスを使うことにした。急いでバスの乗り方を調べ、駅でチケットを購入し、バス停で手を挙げて初バスに何とか乗車できた。
店に着いたのは19時55分。お店のお姉さんも明らかに「今から来るのかよ」顔を浮かべながら「あと5分で閉めるよ」的なことを言っていたが、滑り込めてしまえば何の問題もない。欲しいものは決まっているからだ。お姉さんも驚いただろう、閉店5分前に店に来て脇目も降らずショーケースから一つのタロットカードを持ってくる日本人の姿に。
「I’m looking for this Tarot.」という中1英語を伝えつつ、無事購入を完了した。
ばーん。ついにゲットした。
スターマンタロットだ。
少し真面目な話をする。このタロットカードは伝説的ロックシンガーのデイビッド・ボウイをモデルにした珍しいタロットカードだ。
デイビッド・ボウイ自体は名前は知っていて曲はほぼ知らないという状態だったのだが、色んなタロットカードを見ている中でこのスパークなデザインが印象に残っていた。
このタロットカードに追加的な思いが付加されたのは最近だ。海外旅行に行くのだからと、事前にNHKの歴史ドキュメンタリー、『映像の世紀』を一通り見るという殊勝なことをしていた時だ。
ベルリンの壁の回でこのデイビッド・ボウイが出てきたのだ。回のタイトルは「ロックが壊した冷戦の壁」。東ベルリンにも聞こえる壁の真横で野外ライブを開催し、それを壁の向こうで聞いていた東ベルリン市民は熱狂して警察も止められない、音楽で壁を破壊したのだ、といった内容だった。
このアツいエピソードの記憶。そしてこの旅の中でドイツやチェコを中心に20正規の歴史関連の展示をちゃんと見ていた経験。それらが混ざり合ってのこのスターマン・タロットとの出会いというわけだ。これをカルマと呼ばずしてなんと言うか。
せっかくなので簡単なタロット占いをしてこの日記を締めたい。質問は「この旅を後悔ないようにするには?」。
こういう時にズルはしない。そんなことをすると星に見放されてしまう。基本的に豪運なので、大アルカナは出るだろう。スターやワールドが出ると嬉しい。ハーミットも今の旅っぽくていいな、という予想を立ててみる。わくわく。
(ちなみに共有スペースでやる勇気はなく、ベッドの上で行った。ベッドライトが図らずも暖色で、何やらタロッティな雰囲気が出ている。タロッティとは今思いついた造語だ。)
いざ、引いた。
「悪魔」の正位置。
解釈してみよう。
直感的には「うっ」となった。だって悪魔だし。予想通りの大アルカナ(強いカード群)だったのはさすが。
質問に対する答えはシンプルな解釈が可能だ。悪魔の持つ基本キーワードは「誘惑」や「欲望」。おそらく残りの旅で、様々な誘惑が出てくる。それらに惑わされないことが「後悔しないために」に必要なこと、というリーディングだ。ハニートラップでも仕掛けられるのだろうか。気をつけたい。
というのが教科書通りの、とてもシンプルなリーディング。今回はせっかくスターマンタロットを使っているので、この絵をよく観察してさらなるヒントを抽出したい。
ちなみにこちらが普通の悪魔だ。
タロットカードはとにかく直観を重視する。
スターマンタロットのこの悪魔をじっと見ていて、正直高尚な発見や解釈は思いつかなかった。ただ感じたのは「この悪魔、怖」という純粋な恐怖心だ。普通の悪魔とは全く恐怖度が違う。
その羽のように生えてる血管みたいなものはなんなのか。頭のそれは血なのか。ていうかなぜそんな変な方向を口半開きで見てるのか。感情が読めなさすぎる。立ち姿も何か堂々としてやばい。足は悪魔らしく馬っぽい。明らかに違う世界の住人だ。
ここで我が身を振り返ってみた。この旅も残り1週間を切り「まあ無事乗り切れそうだな」と思い始めている節があった。そう思う都度、「いや油断するな」と思うようにしているが、それもどこか機械的だったかもしれない。
いまこうやって悪魔のカードが出ている。この事実をもう少し深刻に捉え、機械的な「油断しない」よりももう少し強めに注意力を高めることを胸に刻んでおこう。そうすることでカードを引いた意味が出るというものだ。
整理すると、「誘惑に惑わされない」、「悪魔を引いているのだから、最後まで心から慎重に動く」、「こんな感じの奴にあったらすぐ逃げる」。そんなところだろうか。
…悪魔で終わるのもなんだかなと思ったので、もう一枚引いてみた。こういう時に質問を変えるのがコツなのでど直球に「無事帰国できるか?」とした。最初からこれにしても良かったがちょっと怖かったので避けていたが、悪魔が出た以上こちらも聞かねば寝付きが悪くなる。
「恋人」の正位置。
愛する人の元に無事帰れるという暗示だろう。間違いない。油断はしない(深刻ver.)が、これで安眠だ。おやすみ。