旅の最後のイベントとして、バーに行くことにした。ここまで無事に生き抜いてこれたことを、ささやかながらウイスキーの1杯で祝いたいと考えた。
Google mapsで偶然、個性的なバーを発見した。
詩の朗読ライブが行われているという。
21時頃にバーに到着したのだが、既に朗読が行われていた。
バー自体は広くない。小学校にあった10mプールくらいだ。
前方で男性が本を持ち、身振り手振りを加えながら、情熱的に詩を朗読している。
ちなみに、もちろんスペイン語である。そしてこちらも残念ながら“もちろん”、何を言っているかは全く分からない。大学時はスペイン語選択だったが、前置詞のporしか聞き取れなかった。
しかし、良い時間だった。旅最終日の夜ということももちろんあるが、雰囲気が好きだ。
朗読者。薄暗闇の中その朗読者を照らす細やかライト。
何より、お客の全員が一言も喋らず真剣に聴き入っている空気が強く印象に残った。全員が朗読者を見ている。朗読者へのリスペクトがある、「この人たちはみんなことばが大好きなんだ」といった思いが湧いてくる。
男性の朗読が終わった。
実はまだ飲み物のオーダーをしない状態で立ち聞きしていた。とてもオーダーできるような雰囲気じゃなかったのだ。
ウイスキーの数は多くなさそうだったが、ジョニーウォーカーのレッドラベルを発見した。名前は知っていて飲んだことはない、しかもスペインの赤と呼応してて良いなと思い、ロックで注文した。英語が通じなかったが、となりのおばちゃんが助けてくれて無事に祝いの一杯を手に入れた。
旅をとりとめもなく思い返しながら、ひとりで飲む時間は尊かった。外国語が飛び交う喧騒の中、ひとりで飲むというのは独特の感があって良いものだ。
しばらくすると、再び朗読会が始まった。先ほどは1人の男性がずっとだったが、今度始まったのは短く、バーにいるいろんな人が順番に朗読していくというものだった。
おそらく最初にやっていた男性はプロ。今から始まったのは、有志で朗読したい人のための時間なのだろう。
この時間がとても良かった。
MC役の人もいて、その人に名前を呼ばれると少し照れながら壇上に上がる朗読者、湧く会場。
自作の詩が書かれているのだろう、ノートを手にし、朗読がなされる。
朗読後はそれを讃えるかのように万雷の拍手。
朗読者の中には小学校高学年くらいの少女もおり、その日一番会場が湧いていた。なんだこの美しい空間は。
主役が観客の前で自分を表現し、観客が喝采する。
これは、この世で最も美しい時間。この感覚、覚えがある。そう、SASUKEである。
SASUKEにおいても、挑戦者はその日々の研鑽を、緑山にて披露する。肉体の躍動か、言葉の躍動かの相違はあるものの、その本質は一緒だろう。
そして、どちらも「お金にならない」という点で共通している。この点は非常に大事だと思っている。お金にならないということは、彼ら彼女らはただ「好き」という感情だけで熱中している。そこにこそ尊さの根っこはある。
なぜSASUKEが先に…という疑問もあるが、これは当然フィギュアスケートにも言える。いや、ほぼ全てのスポーツはそうだろう。
朗読がひと段落したところでバーを後にした。旅の締めとしてこれ以上はない。寄るところもないが、ゆっくりと、少しだけ遠回りをしながら宿に帰った。