本編でうまく入らなかったので書かなかったが、最も精神的にどん底だったのは契約予定日の前々日、「契約しよう!」とちゃんと決めた日だ。
この頃になると契約の現実味がかなり増し、うおおおと猛進していた頭が冷静になってくる。
「明らかに突っ走りすぎたのでは?もっといろんな人に意見聞いてから動いたほうが良かったのでは?」
そういう自己懐疑に襲われる。
妻とも完全に意思決定の折り合いがついたとも言えない。
親にも「ここ大丈夫なの?ちゃんと考えた?」と言われる。
しかしそれでも契約予定日は近づき、不動産屋からのプレッシャーもある。
その時期の自分のメモに「四面楚歌」と書いてあった。
今でも覚えているのが、その日の朝だ。
朝、起きたくないのだ。
いつもは目覚ましがなるとすぐ起きるが、とにかく「起き上がりたくない」、という今まで感じたことがない種類の強い、暗い意志があった。そういえば、夜もベッドに行きたくなくて、ずっと1人でリビングのソファで放心していた。
風呂も同じく、出たくなかった。いつもよりずっと長く入っていた。
時間が進むのが怖かったのだ。契約が現実になることを意味するから。
そんな状況を救ってくれたのが、他ならぬ妻だった。
「疲れてる?」
妻は基本ぽけっとしているが、気づく時はちゃんと気づいてくれる。
気づいてくれて、でもシンプルな声掛けをしてくれた。
参っている時、自分から話し始めるのは難しい。
声を掛けてくれて初めて、自分の悩みをだーっと吐き出すことができた。
色々聞いてくれたあと、
「うん、ここでいいよ。場所とかいろいろ気になるところはあるけど、その分内装頑張ろ!」
と言ってくれた。
生まれて初めて「安心の涙」が出た。
この涙自体で、土地を買うことを納得することができた。
妻には感謝しかない。
(個人的には本が書けるくらい心動いたシーンなのだが、結局この半日後に母にバチボコに契約全般をレビューされた末に一転して契約拒否したので、小説にはならない。)