今日一番の目的は、「最高のコーヒーを飲みに行く」だ。
調べてみたところ、オスロはコーヒー文化が盛んらしく、目をつけたお店のレビューには「オスロ1」、「大会1位のバリスタが淹れる」、「このコーヒーを飲むためだけに飛行機に乗る」などの期待を膨らませる言葉が踊っていた。
トラムに乗ってカフェに辿り着く。公共交通機関はもうお手のものだ。正しい乗り方のみならず、無賃乗車をしてしまい罰金を科されるところまで経験しているの。死角はない。なおオスロの公共交通機関はアプリで購入しないと値段が高くなる。懲りているので乗車10分前に確実に購入するようにしている。
アイスカプチーノという珍しいコーヒーが人気だったのでそれと、味の違いを感じ取るためにシンプルなブラックコーヒーを頼んだ。
アイスカプチーノ。カクテルのような入れ物に入れられておしゃれ。語彙がないが最高に美味しい。飲んだことがない味だ。
ブラックコーヒーも現着。コップが二つある理由を説明をしてくれたが英語がよく分からなかった。飲めればよし。
アイスカプチーノも最高だったが、このシンプルなブラックコーヒーが強く印象に残った。
酸味系だったのだ。
普段はいつも酸味系じゃない方(名前を忘れた)を飲んでいた。特に深い理由はないが、最初に飲んだ酸味系がいまいちだったのかもしれない。
それが今回覆った。覆るほどここのコーヒーは美味しかった。と思いたいが、ちょっと冷静になろう。自分の舌を客観的に評価して、そんな味の違いを感じ取れる自信はない。「オスロ1のコーヒーを飲んでいる」というプラシーボ効果も多分にある。「海外放浪旅で飲んでいる」という要素も大きく関連しているだろう。
だけど、そんなことは全く関係ない。そう思った。
プラシーボだろうがなんだろうが、私にとって「酸味系のコーヒー」には、北欧や旅、そこで出会った人などの思い出が強く「乗った」。美味しい、美味しくないという次元を超えた、経験のモチーフ、象徴のようなものの一つがこの「酸味系のコーヒー」なのだ。
これから似たような酸味系のコーヒーを飲むたびに、思い出のどれかがふわっと蘇るだろう。
ある経験にはこういう効果、つまり「それ以降の経験をより豊かにしてくれる効果」があると思っている。そういう、思い出を何かの「モノ」に「乗っける」ような経験を、これからもしていきたい。